スピリチュアル野郎の超常的日常

瞑想歴18年、チャクラ半開きのスピリチュアル野郎の超常的日常

日本が戦争に負けた本当の理由 【再掲】

最近、NHKが731部隊やインパール作戦の番組を報送して一部で話題になっている。

安倍政権御用達と揶揄されるようになって久しいがまだ良心的な報道人も残っているのだろう。

2010年4月に書いた記事を再掲したい。


長い間、日本が何故あの狂気としか言いようのない日中戦争~太平洋戦争を始めたのか分からなかった。先日、古川愛哲著の「坊ちゃんと日露戦争」(徳間書店)を読んでやっと謎が解けた。

昭和天皇が戦時中に語った言葉がある。

「志那(中国)が案外に強く、事変の見通しは皆があやまり、特に専門の陸軍すら観測を誤れり」(1940年10月12日)

「日本は志那をみくびたり、早く戦争を止めて、十年ほど国力の充実を図るが尤も懸命なるべき」(1941年1月9日) 

ここで問題なのが、なぜ日本が中国を見くびっていたのか、軍部さえ予測を誤っていたのかである。



19世紀末、朝鮮は腐敗の極みにあり、国家の体をなさない状態であった。また、18世紀から欧米列強に痛めつけられ腐敗した清朝は弱体化していた。そこに資源を持たない日本が付け込もうとしていたのだ。

明治維新により日本の近代化を成し遂げた明治の政治家達は、欧米の国々に習って植民地を確保し、ゆくゆくは植民地からの上がりで日本を食っていけるようにしようと考えたのだろう。そこで彼らは植民地に対する優越感を次世代に植え付ける為に、朝鮮や中国を侮蔑する教育を小学校で行ったのだ。

「高等小学校を出る前の年(明治27年)には日清戦争が始まった。敵国人は劣等民族で、まともにシナ人と呼ぶ者はなく「チャンコロ」とか「チャンチャン坊主」と呼ぶことになったいた。」 (山川均)

「私たちはこの戦(日清戦争)の始まるその日まで志那人を悪い国民だとは思っていなかったし、ましてや志那に対する憎悪というものを少しもわれわれの心の中に抱いていなかった。(中略)戦争が始まると間もなく、絵にも唄にも志那人に対する憎悪が反映してきた。」(生方敏郎「明治大正見聞記」中公文庫)


この頃のある清国留学生の体験談である。「ある日、(小学生の少女が)部屋に来てとつぜん、壁にかけてある中国の地図を指して、それは将来日本のものだね、と言った。はっとして聞き返すと、だって日本の兵隊さんが強くてシナ兵は弱く、そしてシナ人はだらしなく亡びるんだって、亡びたらシナも日本のものになるんだって先生が教えたもん、と答えた。私は腸が煮えくりかえり・・・」

日本中の小学校でこうした洗脳教育(マインドコントロール)が行われた。その成果はめざましく、日本中の少年少女が愛国心に燃え、東京では少年3人が中国人商人に石を投げ襲撃する事件が起こった。今だに根強く続く朝鮮人、中国人蔑視思想の始まりである。


だが、明治政府の殊勲達が予想しなかった事があった。この愛国洗脳教育が次世代の日本の指導者を毒し、彼らから広い国際的視野と客観的判断力を奪ってしまったのだ。そして、日清、日露戦争に勝利して、日本は神国であると彼らは本気で信じるようになった。日本は植民地なしでは生き残れないという明治政府の教育通りに、昭和の軍人達は「満蒙は日本の生命線」と言って中国を強引に侵略していったのだ。


中国人は世界で最も恐るべき戦略民族である。何千年もの間戦争や謀略の歴史から戦略戦術論を練り上げてきた。国民党軍のリーダー蒋介石が「日本はたぶん陸軍はソ連に向かい、海軍はアメリカを相手に戦うだろう。いずれをとっても破滅の道だ」と日本の行く末を予見していたように、中国人は当時の日本指導者より遥かに賢明であった。

しかし、中国人蔑視洗脳教育を受けて育った昭和の軍人達は完全に中国人をナメていた。「中国人はバカだからニーライライと言えば、のこのこ出て来る」中国大陸へ派兵された大日本帝国軍人の認識はそんなレベルであった。かくして、広い中国大陸で日本軍はゲリラ部隊に翻弄され、中国人民軍に包囲され負け戦の色を濃くしていった。


もし日本軍部が中国兵法の古典「孫子の兵法」に従っていれば、あんな無謀な戦略はしなかっただろうとよく言われる。戦線を徒に拡大し、戦局を長期化し国家経済を疲弊させた日本の戦略は、ことごとく孫子の兵法に逆らっている。中国を馬鹿にしていた昭和の軍人達は、中国兵術の古典など読むに値しないと考えていたのだろう。一方で、中国共産党軍のリーダー毛沢東は初期のプロシア戦術による敗北に学び、孫子の兵法による戦法に転換し勝利を収めていった。

日本軍部はノモンハンでソ連戦車部隊に破れ、中国で行き詰まり、英米に中国全面撤退を迫られ、ついにヤケクソの太平洋戦争を始める。大日本帝国軍首脳部に中国撤退という選択はなかった。なぜなら、彼らが少年期に施された「日本は植民地なしでは生き残れない」という洗脳プログラムには逆らえなかったからである。



毎年8月や12月になると、評論家がなぜ日本は戦争に負けたのかを雑誌上で論争しているが全く意味がないと思う。明治政府が洗脳教育を次世代に施し、彼らの判断力を歪めた時点で、もう次世代の戦争の敗北は決定していたのだ。


明治期の標語「富国強兵」は、実は「万国対峙」が4文字付いた「富国強兵万国対峙」であった。昭和の軍人達はその言葉に忠実に従い、世界を敵にして戦おうとした。洗脳教育が如何に恐ろしいか分かる。次世代を担う子供達に誤った教育をすると国を滅ぼすことになる。日本人はこの教訓を末代まで語り継ぐべきだろう。







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大きな和と奉仕の国

世界の国々にはそれぞれ使命があると考える。
日本は世界に調和・勤勉と創意工夫のモデルを示すのがその使命だろう。

スピリチュアルに考えれば、日本は魂が協調性と奉仕を学ぶ場所である。

日本がその国家のアイデンティティを確立したのが、聖徳太子の17条憲法だ。
「和を以って尊しとなす」という文に日本国の基本理念が集約されている。

国民的な長寿TV番組の「笑っていいとも」が友達の「輪っ!」を合言葉にするのも、日本が「大きな和」=大和の国だからなのだ。

金環日食と月食のゴングが鳴り、いよいよ大震災第2ラウンドが始まる。
「絆」などという上からのお仕着せではなく、大きな輪の助け合い精神で災厄を乗り越えたい。



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運命と出生地の関係

前々回に「酔狂と癒しの地 高知県」を書く為に、高知県出身の人物について調べた。
そこで気になったのが、酒とギャンブルとの高知出身者との関わりである。

代表的な人物を挙げよう。

西原 理恵子(漫画家) 実父がアルコール依存症で死亡。養父がギャンブル狂。本人もギャンブルにはまり借金5千万円作る。夫がアルコール依存症

黒鉄ヒロシ(漫画家) 大のギャンブル好きで競馬ファン、実家が高知県の司牡丹酒造

はらたいら(漫画家) 大の酒好きで知られ肝臓ガンで死亡、ギャンブル番組クイズダービーの名解答者で有名

横山やすし(漫才師) 無類の酒好き、競艇好きで競艇選手としても活躍。酒を飲んで度々の暴力事件を起こす。死因は「アルコール性肝硬変」


高知県の持つ土地の波動が、酒とギャンブル好きの県民性を生んでいるのは前々回に書いた通りである。
注目すべきは、この出生地の波動が運命と深い関わりを持っている点である。横山やすしを例に取ってみたい。

横山やすしは関西の破滅型芸人として有名である。だが、生粋の大阪出身の破滅型芸人の桂春団治や藤山寛美と比べると違いに気付く。桂春団治や藤山寛美が「芸の為に」専ら酒と女に散財したのに対し、横山やすしは酒と趣味のボートやセスナ機に散財している。神戸生まれの師匠の横山ノックはセクハラが命取りとなり失脚した。関西生粋の破滅型芸人には女難の影がつきまとうのだが、横山やすしには見受けられない。

横山やすしは高知県宿毛市沖の島に生まれ、生後3ヶ月で大阪に引っ越した。なのに、彼の気質は、酒狂い、ギャンブル狂、喧嘩早さと高知県人の気質を示している。

人間の気質は、出生地の波動を受け生まれた時点で決定するのではないだろうか?言い換えれば、人間の持つ性格と運命は、出生地の持つエネルギーに決定的な影響を受けていると考えるのだ。

運命という観点から見てみよう。西原 理恵子は東京に出て漫画家としてデビューし、高知県出身のパチンコライターの銀玉親方こと山崎一夫と出会い、ギャンブル漫画を描くようになった。西原のギャンブルの師匠と言われる山崎一夫の助力がなければ、西原のマンガ家としての成功はなかっただろう。

横山やすしは相方と上手く行かず、周囲から「コンビ別れの名人」のレッテルを貼られ、漫才師を辞める寸前まで行った。だが、同じ高知県出身の西川きよしと大阪で出会いコンビを組んで大成功した。

こうして見ると、人間は生前に定まった運命をシナリオに持ち生まれてくるという話が真実だと思えるのだ。


2/16追記:記事を読み直して4人共に職業に「漫」の字が付くのに気付いた。高知県出身者にはマンガ家が多いのだが、ユーモアや笑いのセンスも高知県の特徴なのかもしれない。

マナ速 今日も高知新聞の4コマの風刺が利きすぎてる http://manasoku.blog86.fc2.com/blog-entry-346.html


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ペンギンの生まれ変わり?

動物も生まれ変わっていると言われる。大抵同じ種の動物に生まれ変わるが、違う種類の動物に生まれ変わる事もあるという。前世が猛獣のペットとかもいるらしい。動物の前世療法を行う霊能力者もいるのだ。

不思議ニュースを紹介しているガラパイアでいつも直立しているニワトリの話が紹介されている。
恐らく前世はペンギンだったのではないか?


ガラパイア 自分をペンギンだと思っているニワトリが出現(中国)  


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月と過去生のカルマ

いつも日記をつけているのだが、毎月瞑想に集中しにくくなる時期がある事に気付いた。
下弦の月の半月から新月までの1週間だ。日記を読み返すと、毎月この時期に妄想が沸いて瞑想に集中できなかったり、物を失くしたり体調を崩すなどのトラブルが増えている。また、金遣いもこの1週間必ず荒くなっている。

この新月前の1週間はネガティブな想念が出て来やすい時期のようだ。満月には犯罪が増えると言われる。占星術では願い事は新月の時にすると叶いやすいと言われる。人間の心や行動は月の満ち欠けに大きな影響を受けているのである。下弦の月~新月の間は、過去生のネガティブなカルマが現れやすい時期だと推測する。

私だけに起きているのかもしれないが、これが誰にでもあるのだとすると世界中の人に起きている筈だ。

4月の新月4日前の4月10日には、タイでデモ隊に治安部隊が発砲し800人以上の死傷者が出た。同じ日にポーランドで大統領機が墜落し97人が死亡した。
5月の新月2日前の5月12日にはリビア国営航空の飛行機が墜落し、乗客・乗員計103人が死亡した。同日に中国で幼稚園が刃物を持った男に襲われて9人が死亡、園児11人が負傷した。

こうした大事件も、新月前に放出される人々の過去生のネガティブなカルマが引き起こしているのかもしれない。


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日本が戦争に負けた本当の理由

長い間、日本が何故あの狂気としか言いようのない日中戦争~太平洋戦争を始めたのか分からなかった。先日、古川愛哲著の「坊ちゃんと日露戦争」(徳間書店)を読んでやっと謎が解けた。

昭和天皇が戦時中に語った言葉がある。
「志那(中国)が案外に強く、事変の見通しは皆があやまり、特に専門の陸軍すら観測を誤れり」(1940年10月12日)

「日本は志那をみくびたり、早く戦争を止めて、十年ほど国力の充実を図るが尤も懸命なるべき」(1941年1月9日) ここで問題なのが、なぜ日本が中国を見くびっていたのか、軍部さえ予測を誤っていたのかである。

19世紀末、朝鮮は腐敗の極みにあり、国家の体をなさない状態であった。また、18世紀から欧米列強に痛めつけられ腐敗した清朝は弱体化していた。そこに資源を持たない日本が付け込もうとしていたのだ。

明治維新により日本の近代化を成し遂げた明治の政治家達は、欧米の国々に習って植民地を確保し、ゆくゆくは植民地からの上がりで日本を食っていけるようにしようと考えたのだろう。そこで彼らは植民地に対する優越感を次世代に植え付ける為に、朝鮮や中国を侮蔑する教育を小学校で行ったのだ。

「高等小学校を出る前の年(明治27年)には日清戦争が始まった。敵国人は劣等民族で、まともにシナ人と呼ぶ者はなく「チャンコロ」とか「チャンチャン坊主」と呼ぶことになったいた。」 (山川均)

「私たちはこの戦(日清戦争)の始まるその日まで志那人を悪い国民だとは思っていなかったし、ましてや志那に対する憎悪というものを少しもわれわれの心の中に抱いていなかった。(中略)戦争が始まると間もなく、絵にも唄にも志那人に対する憎悪が反映してきた。」(生方敏郎「明治大正見聞記」中公文庫)

この頃のある清国留学生の体験談である。「ある日、(小学生の少女が)部屋に来てとつぜん、壁にかけてある中国の地図を指して、それは将来日本のものだね、と言った。はっとして聞き返すと、だって日本の兵隊さんが強くてシナ兵は弱く、そしてシナ人はだらしなく亡びるんだって、亡びたらシナも日本のものになるんだって先生が教えたもん、と答えた。私は腸が煮えくりかえり・・・」

日本中の小学校でこうした洗脳教育(マインドコントロール)が行われた。その成果はめざましく、日本中の少年少女が愛国心に燃え、東京では少年3人が中国人商人に石を投げ襲撃する事件が起こった。今だに根強く続く朝鮮人、中国人蔑視思想の始まりである。

だが、明治政府の殊勲達が予想しなかった事があった。この愛国洗脳教育が次世代の日本の指導者を毒し、彼らから広い国際的視野と客観的判断力を奪ってしまったのだ。そして、日清、日露戦争に勝利して、日本は神国であると彼らは本気で信じるようになった。日本は植民地なしでは生き残れないという明治政府の教育通りに、昭和の軍人達は「満蒙は日本の生命線」と言って中国を強引に侵略していったのだ。

中国人は世界で最も恐るべき戦略民族である。何千年もの間戦争や謀略の歴史から戦略戦術論を練り上げてきた。国民党軍のリーダー蒋介石が「日本はたぶん陸軍はソ連に向かい、海軍はアメリカを相手に戦うだろう。いずれをとっても破滅の道だ」と日本の行く末を予見していたように、中国人は当時の日本指導者より遥かに賢明であった。

しかし、中国人蔑視洗脳教育を受けて育った昭和の軍人達は完全に中国人をナメていた。「中国人はバカだからニーライライと言えば、のこのこ出て来る」中国大陸へ派兵された大日本帝国軍人の認識はそんなレベルであった。かくして、広い中国大陸で日本軍はゲリラ部隊に翻弄され、中国人民軍に包囲され負け戦の色を濃くしていった。

もし日本軍部が中国兵法の古典「孫子の兵法」に従っていれば、あんな無謀な戦略はしなかっただろうとよく言われる。戦線を徒に拡大し、戦局を長期化し国家経済を疲弊させた日本の戦略は、ことごとく孫子の兵法に逆らっている。中国を馬鹿にしていた昭和の軍人達は、中国兵術の古典など読むに値しないと考えていたのだろう。一方で、中国共産党軍のリーダー毛沢東は初期のプロシア戦術による敗北に学び、孫子の兵法による戦法に転換し勝利を収めていった。

日本軍部はノモンハンでソ連戦車部隊に破れ、中国で行き詰まり、英米に中国全面撤退を迫られ、ついにヤケクソの太平洋戦争を始める。大日本帝国軍首脳部に中国撤退という選択はなかった。なぜなら、彼らが少年期に施された「日本は植民地なしでは生き残れない」という洗脳プログラムには逆らえなかったからである。

毎年8月や12月になると、評論家がなぜ日本は戦争に負けたのかを雑誌上で論争しているが全く意味がないと思う。明治政府が洗脳教育を次世代に施し、彼らの判断力を歪めた時点で、もう次世代の戦争の敗北は決定していたのだ。

明治期の標語「富国強兵」は、実は「万国対峙」が4文字付いた「富国強兵万国対峙」であった。昭和の軍人達はその言葉に忠実に従い、世界を敵にして戦おうとした。洗脳教育が如何に恐ろしいか分かる。次世代を担う子供達に誤った教育をすると国を滅ぼすことになる。日本人はこの教訓を末代まで語り継ぐべきだろう。

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プリンセス雅子さんの病気の原因

プリンセス雅子さんが長い間病気で苦しんだり、最近では愛子ちゃんが学校でいじめられたりと皇室にトラブルが続いている。多くの人が雅子さんの回復を祈ってきた。皇室の為なら何でもしようという多くの霊の支援もある筈だ。しかし、何故回復しないのか疑問に思っていた。以下に紹介する東海アマチュア無線地震予知研究会さんの記事は、見事にその理由を明らかにしている。

水俣病とは何か?

 今から55年前の1956年、熊本県水俣市周辺で、猫がのたうち回って奇怪な行動をとりながら死ぬという奇病が出現し、やがて、人間にも似たような症状が現れ、原因不明の奇病とされ恐れられた。患者数は数万名に上り、苦しみ、のたうち回りながら死亡する者が数千名も続出した。(公式には、認定してチッソが補償金を支払った患者は2,265人、そのうち1,456人が水俣病により死亡だが、実数は患者数2万人、死者1万人と推計されている)
 
 三年ほど研究が行われ、1959年、熊本大学医学部は原因物質として有機水銀だという発表を行った。これは、排水口周辺の海底に堆積するヘドロや魚介類から水銀が検出されたことによる。公式見解として、'メチル水銀化合物と断定したのは、さらに十年後であった。

 水銀を含む廃棄物を水俣湾に流していたのは、プリンセス小和田雅子の祖父が社長を務めた化学企業「チッソ」であった。チッソは、明治時代にカーバイド製造から発展した企業で、チッソ化成肥料製造によって発展した。ということは、日本軍の火薬製造に関与した軍需企業であったことを意味する。
 
 北朝鮮興南(咸鏡南道咸興市)において巨大火薬工場を設立、この当時から、興南においてすでに水俣病が発生していたが、無視し握りつぶしていた。こうした姿勢が水俣にも無批判に持ち込まれて地獄を演出した。旭化成、積水化学、積水ハウス、信越化学工業の親会社。現在は液晶やバイテクのトップ企業で、モンサントと合弁を行い、ユダヤ系資本に事実上支配されている。
 
 プリンセスの祖父、江頭豊は、事件発生後に日本興行銀行から水俣病問題の後始末のために派遣されたのだが、その後、半世紀もの間、被害住民を無救済の地獄に貶め、傲慢な態度で、水俣病の責任逃れに終始し、悪行を隠蔽して回った張本人こそ、この江頭豊に他ならなかった。極悪チッソの問題は、江頭と所属したチッソの支配企業である興銀の人間性問題という側面が極めて大きい。
 
 今でも、小和田雅子の祖父に対する被害者たちの感情は、人間性最悪の卑劣極悪人という認識で、数千名に上る生き地獄から殺害された被害者たちの強烈な怨恨・怨念がプリンセスに影響しているとみて間違いなさそうだ。心霊法則から、死者の怨念は、その家族、とりわけ孫を襲うことが多いのである。 雅子がノイローゼ鬱病から救われるには水俣被害者への墓参しかないが、宮内庁が阻止しているようだ。

 江頭豊が経営就任後、熊本大学だけでなく、厚生省水俣食中毒部会までが「原因は有機水銀」との答申を提出。胎児性水俣病までが発見され始めていたのにもかかわらず、チッソは自らの工場排水が水俣病の原因であることを一切認めようとはしなかった。そればかりか、「見舞金契約」をたてに患者といっさい交渉を持とうとしなかった。
 
 驚くべきことに江頭チッソはそのまま66年まで水俣湾に水銀を延々とたれ流し続けたのだ。排水を完全循環方式に改良して、水銀放出をストップするためにかかった費用は、わずか費用は50万円。この50万円を出し渋ったのだ。少なくとも62年から66年までの4年間については、江頭自身が殺人行為に加担していたことは、紛れもない事実だ。(参照)
 
 江頭チッソがようやく自らの責任を認めたのは、水俣病発生が発覚してから10年以上も経過した1968年のこと。これも江頭自身の自発的な判断ではない。この年、政府がついに水俣病の原因はチッソ廃液だと正式見解を発表したため、対応せざるをえなくなったのだ。

 「補償は誠意をもって話し合う」というセリフの舌の根も乾かぬうちに、江頭はさまざまな画策を始める。「死者1300万円、生存患者年金60万円」という患者側からの補償要求額の提示にはいっさい回答せず。以後も保障問題に誠意を持って応えることはなかった。妥協案として患者が「ひとり当たり100万円の仮払い」を要求すると、これもにべもなく断った。
結局のところ、この間、江頭は水俣病患者にたいする補償交渉などしなかった に等しい。交渉から逃げ回り、ただただ「金額決定」の引き延ばしを図り続けただけである。

 1959年7月に有機水銀説が熊本大学や厚生省食品衛生調査会から出されると、チッソは「工場で使用しているのは無機水銀であり有機水銀と工場は無関係」と主張し、さらに化学工業界をあげて有機水銀説を攻撃した。チッソ工場の反応器の環境を再現することで、無機水銀がメチル水銀に変換されることが実験的(理論的ではないことに注意)に証明されたのは1967年のことであったが、排水と水俣病との因果関係が証明されない限り工場に責任はないとする考えかたは、結果として大量の被害者を生みだし、地域社会はもとより、補償の増大など企業側にとっても重大な損害を生むもとになった。

 既に1942年頃から、水俣病らしき症例が見られたとされる。北朝鮮の興南チッソ工場では戦前からたくさんの死者が報告されていた。1952年頃には水俣湾周辺の漁村地区を中心に、猫・カラスなどの不審死が多数発生し、同時に特異な神経症状を呈して死亡する住民がみられるようになった(このころは「猫踊り病」と呼ばれていた)。
 
 清浦雷作・東京工業大学教授はわずか5日の調査で「有毒アミン説」を提唱し、戸木田菊次・東邦大学教授は現地調査も実施せず「腐敗アミン説」を発表するなど、非水銀説を唱える学者評論家も出現し(御用学者)、マスコミや世論も混乱させられた。このことは明確に記憶しよう。日本の公害問題では、企業側や政府が、こうした良心のカケラもない買収された御用学者がたくさん登場してくる。

 国もチッソも、水俣市の多くの住民を雇用している優位な立場や、権力を利用し、残酷な事態を隠蔽し、徹底的な責任逃れに終始した結果、1950年代半ばには原因が判明し、新たな患者を予防できたにもかかわらず、その後、十年以上も水銀未処理投棄を続けたことで患者数は数万人に達することになった。
 
 その後の姿勢も、国、チッソとも良心のカケラもないというしかなく、患者たちが老齢化して死亡することで事態を隠蔽する方針を貫いてきた。しかし、提訴されたあらゆる裁判で敗色濃厚となり、やむをえず和解に応じたものである。
 
 チッソは、モンサントと同じく、世界の特権階級クラブ、フリーメーソン系企業であり、彼らが労働者や住民を「家畜」としてしか認識していない事実が、これほど鮮明になった事件はない。チッソの被害者に対する徹底的な謝罪と問題解決がなければ、プリンセス雅子の治癒もありえないで、被害者の呪い、怨念によって、責任関係者の家族が多数自殺に追い込まれると筆者は見ている。】  (東海アマチュア無線地震予知研究会より転載)


家系の因縁 http://matrix80811.blog97.fc2.com/blog-entry-173.html

前世への冒険


前世の研究は1990年代から盛んに行われている。
精神科医が患者の治療の為に退行催眠をかけたところ、生まれる前の
記憶まで出てきてしまったというのが、そのきっかけである。そのために
前世の研究は、精神科医やセラピストによるものがほとんどである。

「前世への冒険」は霊能力者に自分の前世を告げられたジャーナリストが
その真相を確かめるという稀なノンフィクションである。

筆者の森下典子さんは、週刊朝日のデキゴトロジーの元記者であり1980年代に
その体験を本にした「典奴どすえ」で一世を風靡した。「典奴どすえ」は当時
テレビドラマにもなったのだ。

京都の霊能力者に自身の2つの前世を教えられた森下さんは、半信半疑で百科事典を
調べてみる。そして、2つの前世を裏付ける人物を発見するのだ。

1つは奈良時代に鑑真と一緒に中国から渡来した仏教僧。2つ目はイタリアの
中世の天才彫刻家デジデリオ。霊能力者の情報との一致に驚いた彼女は、
デジデリオの調査にイタリアへ旅立つ。

イタリアで彼女は知人をつてに、デジデリオの生地やその作品を尋ねて調査の旅を
続ける。それは確かに冒険と呼べるスリリングな過程である。数々の偶然が重なり
、彼女はデジデリオの人物像とその人生を解明していくことになるのだ。

前世でデジデリオの恋人だった人物が日本に転生している事が分かる。
読者は本の最後で明かされるその意外な人に驚かされるだろう。

実にエキサイティングな本である。文庫本になっているので、購入してじっくり
読む事をおすすめする。

勝利の女神の微笑ませ方

米長邦雄という将棋棋士がいる。将棋の世界では、数々のタイトルを取って
永世棋聖になり、現在日本将棋連盟の会長を務めている。いわば
将棋の世界で頂点を極めた人である。

彼は、独自の勝負哲学を持つ事で有名であり、その著書の中でいかにして
運をつけ、勝利の女神を味方につけるかを説いている。

内容は大まかに言うと、常に謙虚である、事に当たってユーモアを忘れない、
どんな勝負でも手を抜かないという原則である。そして、地の利、人の利を
いかに利用するかという実践法を、著書で例を挙げて解説している。

彼は中でも、どんな勝負でも手を抜かないという原則を非常に重要視しており
自分がタイトル戦を争うような棋士になれたのは、この原則を守ったからだと
まで言っている。自分にとって重要でない勝負だからといって、手を抜くと
たちまち運が落ち、勝利の女神の不興を買うというのだ。

米長氏は女性問題等で悪評がある人物であるが、将棋の実績から
その勝負哲学は説得力がある。(女性問題は米長氏自身が著書の中で認めている。)
逆に言えば、それだけの人格的欠点がありながら、将棋の世界で頂点に上り詰めた
という事実から、米長勝負哲学が真実ではないかと思うのだ。

将棋界では、この「米長哲学」が浸透しているが為に、将棋棋士は常に真剣勝負を
行うといわれる。

対照的なのが、相撲である。この世界では八百長が蔓延しており、
業界が暗黙に公認しているという状態にある。

去年の相撲業界の一連のスキャンダルは、国技の名を地に落とした。
八百長勝負が、勝利の女神の怒りを買い、業界に鉄槌を下したのではないか。
ボクシング業界についても、同じことが言える。



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17才がなぜキレる?

「17才がキレる」という言葉が、一時期マスコミで言われた。
2000年の頃である。バスハイジャック事件や「人を殺すという体験をしてみたかった」
という動機での殺人事件が17才の少年の手により、続けて起こったのである。

古今東西の伝記を調べると、実はこの17才という年齢がキーワードで出てくる。
高校2年の時に出会いがあり、職業や人生の方向を決めたという事例が圧倒的に多いのだ。
これは日本人だけでなく世界中の人に共通しており、中には17歳の頃に、性格や人格が
完全に変貌してしまう例も存在するのである。

インドの聖者スワミ・シヴァナンダによれば、昨夜やり残した仕事を今朝再び始めるように
人は前世の行いを再開すると言う。17才という年齢は、人が過去生の一部の記憶や人格を
取り戻す時期であり、人間が過去生で遣り残した活動を再開する時期なのだと考える。

2000年は、1983年生まれの人達が17才になる年であった。1983年の終わりに
冥王星がさそり座に入った。西洋占星術では、この世代は極端に良い傾向と極端に悪い
傾向を持つグループに完全に分かれると言われる。つまり、前世で非常に
良い人間だった者と極悪人だった者の2種類が、この世代に生まれてきたのである。

2000年に凶悪犯罪を犯した少年達は、過去生で凶悪犯罪者であり、17才に
達した時点で前世でしていた犯罪活動を再開したのであろう。

過去生の悪い性質は、4~5才の幼児期の生き物に対する残虐行為という形で現れやすい。
鉄は熱い内に打てのことわざ通り、こうした悪い性質が子供に表れたら、なるべく早く
矯正されるべきである。

インドでは、こうした子供はなるべく聖者と一緒に暮らさせろと言われる。
そうすれば聖者の影響により、前世の悪い傾向が矯正されるというのだ。
一昔前の日本では、悪ガキは寺に入れて小坊主にするという荒技があった。

現実的には、子供に「他人にした事は自分に返る」というスピリチュアルな法則を教え、
悪さをしたら厳しく叱り、愛情を一杯に注いで育てるのがいいのだろう。

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